かくれんぼの醍醐味を忘れていませんか?

日本における最初の国際コーチ連盟マスター認定コーチであり、
株式会社コーチ・エィや株式会社コーチ・トゥエンティワンの代表取締役
である伊藤守さんに教えていただいたお話です。


伊藤さんは、甥や姪とかくれんぼをしているときに、
気がつきました。

「かくれんぼは、
隠れることだけではなく、
見つかることも醍醐味」


と。



オニになった伊藤さんは、
扉の影からヒョコヒョコと顔を出したり、
布団の中で「グフー」と声を出す子どもたちを、
最初のうちは知らん顔をしていました。

でも、何度も顔を出すので仕方なく、

「見-っけ!」

と言ってあげると、

子どもたちは、

「なんでわかったのー?」

なんてわざとらしく聞いてきたりしました。


布団の中の子も、
見つけると「ギャーギャー」言って、
両手両足をバタバタさせてよろこんでいました。



子どもは、
「見-っけ!」を、

「きみはそこにいるんだね」

「きみがそこに存在していることは知っているよ」


というメッセージとして受け取るようです。


伊藤さんはこう言います。

「だれでも自分の存在を認知してほしい
という欲求がありますから、
うれしいんです」




では、大人はどうでしょう。

かくれんぼで子どもみたいには楽しめませんよね。

絶対に見つからないところに隠れてしまうことだってできます。


なによりも、

「見つかること」も、かくれんぼの醍醐味であることを、
忘れていると思います。



リハビリ専門職・作業療法士の私はこう思います。

たとえば、病気や事故で身体が不自由になってしまった人は、
少しでも身体がよくなることが望みです。

でも、それだけではなく、
同時にかくれんぼで子どもが望むような、

「見-っけ!」

と言われてうれしくなるような、

今現在のそのままの姿を受け止めてもらうことも、
望んでいるのではないだろうか。



たとえば、

「今日のマフラー、いかしてますね」

「今日は気合が入ってますねー」

「いつもよく気がつきますね」

「いつもニコニコしてますね」

と、今現在を「見-っけ!」されることを、
大人だって、誰だって、
心の深いところでは望んでいるはずです。



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● 支援セラピー! *^^*
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もっと、「見-っけ!」
という感覚を研ぎ澄ましたい。

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【出典】 「手ばなす技術」  伊藤守(著)




この記事へのコメント

Heart さん
2011年02月19日 21:14
確かに存在を認められるって誰もが持っている欲求ですよね。大人になると「見つけて、見つけて」とは言えなくなるから、いざ見つけてもらうと飛び上がるくらいに嬉しいものなんですよね。
ごとお
2011年02月20日 06:04
Heart さんへ
たしかにそうかもしれないですね。大人は、子どもみたいに素直にリアクションしないけど、「見つけてもらった」うれしさは、大人のほうが大きいのかもしれないですね。

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