作業療法士の「空の高さを知るセラピー」

心の病気の人が入院する病院、
精神病院でのこと。

私は
リハビリの一環として、
病院の庭で園芸作業をするグループを
担当していました。


ある日、
園芸メンバー10名くらいで、
「みんなで花見に行こう!」
ということになりました。

集合場所では、
いつもと違う、
よそ行きの格好のメンバーが集まりました。

明らかに、お化粧をがんばりすぎちゃった人。
おしゃれすぎる帽子が、どうも似合ってない人。
洋服に着られちゃっている人。
不自然に、荷物をいっぱい持ってきちゃう人。

いくつになっても、お出かけは楽しいものです。


病院内ではさえない感じの人も、
外へ行くとなると、
みんなイキイキとするもんです。



でも、

ひとりだけ、


いつもどおりの人がいました。


いつもの土でよごれたスニーカーに、
いつもの作業服。
さらに、
コーラのペットボトルに水を入れただけの、
本人なりの水筒をぶらさげていました。



西川さんは、
やさしすぎて病気になったような人です。
無口で、人の嫌がる仕事もすすんでやってくれます。

園芸のときは、
みんなから一番信頼されている人です。

10人のメンバーの中では、
一番心が安定していて、
一番退院に近い人でした。

一番、外の社会に近い人だと思っていました。


~~~~~~~~~~


バスに乗って公園に行く途中。

自分の母親よりも年上の太田さんに、

「先生!どこで降りるの?」
と大きな声で聞かれました。

乗客に一斉にジロッと見られました。


親子のようで、
先生と生徒のような関係を、
不思議な目で見られました。

当然かもしれません。


太田さんは、夫の暴力や子育てに疲れて
病気になりました。

ただそれだけなのに、
なぜジロッと見られなくてはいけないのか?


花見に行くバスの中で、
私は気づきました。


大切なことに。





「井の中の蛙」だった・・・



   ・・・自分が。





井戸の中で、よしよしと、
支援をしていた。

その人を一生懸命に見ているだけだった。

それでいい、
それがいいと思っていた。

一緒に外を見なければいけなかった。


「『井の中の蛙』ではいけないよ」
と言っている自分が、
まさに

「井の中の蛙大魔王」
でした。



「井の中の蛙 大海を知らず」
このことわざには続きがあるそうです。

「井の中の蛙、大海を知らず」に続いて、

「されど、空の高さ知る」
「されど、空の青さを知る」
「されど、空の深さを知る」


などの言葉が続くと言われています。



----------------------------------
【支援セラピー】
----------------------------------

おたがいに向き合ってばかりではいけない。

一緒に同じ方向を見ることを、
忘れてはいけない。

-----------------------------------


いつもありがとうございます。
   ↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ



この記事へのコメント

2008年07月18日 00:50
はじめまして。

非常に深い内容ですね。
僕も「井の中の蛙」にならないようにしたいです。

でも難しい・・・。
ごとお
2008年07月18日 06:05
Takashiさんへ
コメントありがとうございます。
Takashiさんのサイトも、
非常に深い内容ですね。
これからもよろしくおねがいします。


2008年07月20日 10:21
わたしも先日職員研修の話題を職員としていて、「井の中の蛙」と言ってしまっていました。
勉強不足という意味で使っていましたが、この言葉に続く言葉があることを初めて知りました。
狭い井戸の中にも、まだまだ深みを探求する価値があるというような事なのでしょうね。
ごとお
2008年07月21日 06:35
Heart さんへ
「井の中の蛙」の続きについては、
いろんな説があるようです。
海のことなんて知らなくても仕方がないカエルが、
「世間知らず」の例にされてしまうのは、
ちょっとかわいそうな気がします。
ちょっとしっくりこないなぁと思ったいろんな人が、
続きを付け加えるようになったのではないかと思います。

この記事へのトラックバック